2018.06.15 Friday 14:07

自己肯定感について

自己肯定感について

いただいた質問紙の回答の中に、
もし、自己肯定感が、グリッドや成長の心の枠組み(グロースマインドセット)と同じ意味なら問題ないのでは?とありました。

自己肯定感はシンプルにいうと
「自分にはそのままで価値があるという考え方」。
(可愛いから、役に立つからではなく、
存在そのものに価値を認められる)
保育辞典やいろんな著書に
そのように説明されています。
ただ、書く人によって微妙に表現が違うので、
それは「定義」と言えるのか?
(誰が答えても「セルフエスティームとは自信と満足」と言い切られることが、定義なのですよね?)

また逆に英語には、日本の「自己肯定感」に当たる
言葉はないのでしょうか? 

 

keiko oeda


Comment:
2018/06/15 2:12 PM, 掛札逸美 wrote:
(「質問紙の回答」は次の通りです。昨夜の『エデュカーレ』の読者会の前にいただいた疑問に掛札がお答えして書いたものです。)

★「定義」については、別のスレッドで書きます。

問:自己肯定感とほめ言葉
 自己肯定感の理論は「誤った科学によって毒されていた」とある。それを書いてある論文とは? それが事実なら、私たちは自己肯定感は役に立たないものと捉え直すべきものなのか。それとも、私たちが求める子供像が、サスキンドさんが求める子供像(課題解決能力を持つ子)だけではない、と解釈すべきなのか。


★答★:ドゥエック教授が『アメリカン・エデュケー
ター』に書いた「警告:ほめ言葉は危険でもある」 (1999) が、本書で引用されているものです(「3000万語の格差」ウェブサイト「注釈」の96ページ)。

 「自己肯定感」が日本語でどう定義されているか、掛札は知りませんが、元の英語のself-esteemは、”a confidence and satisfaction in oneself”、つまり「自分自身に対する自信と満足」です(メリアム・ウェブスター辞書)。計測するために標準化された尺度もあります(日本語にも翻訳されています)。

 そして、本書にあるような経緯から、特に米国においては「高い」self-esteemという言葉は必ずしも肯定的な意味ではとらえられていません。つまり、「高い」self-esteemは「空っぽの自信や自己満足」という意味合いで受け取られがちなのです。一方、「低い」self-esteemは心理学的/精神医学的な問題にもつながるので、積極的に対処するべきと考えられています。そして、高いself-esteemのほうについては、「グリット」や「成長の心の枠組み」といった、self-esteemよりも多少具体的な概念が用いられつつあります。

 日本で「自己肯定感」はどう定義されているのでしょうか? その定義が「グリット」や「成長の心の枠組み」の英語の定義に近いのであれば、「自己肯定感」のままでよいのではないでしょうか? 逆に、単純に「自分は頭がいい」「自分は偉い」「自分はなんでもできる」と根拠もなしに信じることを自己肯定感として育てているのであれば、それは当時の米国のように、実質を伴わない「空っぽの自信や自己満足」に満ちた人間をつくっているということになります。

 実際、どのような子どもを、どのように育てていくかという話です。それを具体的に定義し、名づけることが重要です。「自己肯定感という言葉をとらえなおす」以前に、まず保育、子育ての部分で「自己肯定感」は明確に定義づけられていますか? それがなければ、この議論は先に進みません。あいまいな、あるいは人によって違う「自己肯定感ってこういうもの」で話していたのでは、無理なのです。

 また、米国では、本書に書かれているような「self-esteemの流行」に反旗をひるがえした本や論文はたくさんあります(ブランデンの話は「理論」ではありませんし)。たとえば、ざっと探しただけでも、マサチューセッツ大学の社会学者John P. Hewittが書いた『セルフ・エスティームの嘘:米国において幸福をみつけ、問題を解決する』The Myth of Self-Esteem: Finding Happiness and Solving Problems in America(1998年)。あるいは、2003年に出た論文によると、self-esteemが高くても(ブランデンたちが主張したように)喫煙や飲酒、ドラッグなどの使用を予防することにはつながらず、逆に、「(ドラッグやセックスを)ちょっと試してみよう」を増やしかねないとされています。つまり、高いself-esteemに現実的な効果はなく、逆にナルシシズムを高める可能性があると言っているのです(論文 ”Does High Self-Esteem Cause Better Performance, Interpersonal Success, Happiness, or Healthier Lifestyles?”)。

 そして、ドゥエック教授たちは、「良い子」「頭がいい」といった「固定の心の枠組み」に向かうほめ言葉は、self-esteemは高めるとしても、その個人の将来には良い結果をもたらさないだろうと言ったわけです、自分たちの研究結果をもとに。
2018/06/16 2:30 PM, keiko oeda wrote:
自己肯定感、エデュカーレの編集長のイメージは、ものすごく平たくいうと、「自分が大好きと言えること」なのだと思います。
英語では、アイデンティティという言葉が関係しそうですね。
ちなみに、編集長も、セルフエスティームは「自尊感情」としてきたそうです。
(自己肯定感は、ともすると誤解されやすいため。
…おそらく、掛札先生が書いているような ”単純に「自分は頭がいい」「自分は偉い」「自分はなんでもできる」と思い込むこと”というニュアンスで受け取られやすいからだということじゃないかと)
2018/06/16 8:20 PM, 掛札逸美 wrote:
大枝さん、ありがとうございます。次の版で直せたら、「自己肯定感」を「自尊感情」にします。もともと汐見先生が使い始めた言葉だということも知らず、使っておりました。申し訳ありません…。

「自分が大好き」の中にはegotism(自己中心、尊大)やnarcissism(ナルシシズム)も含み込まれかねませんが、そこは区別している、または「自分は大好き。だけれども…」ということになるのでしょうか、「自己肯定感」は(ここで言っているegotismとnarcissismは、いずれも心理学においてすでに尺度があるものとして言っております)。

英語の心理学の中では、高いself-esteemを一面、ネガティブともなりうるものとしてとらえつつ(本書にある通り)、しかし、narcissismとは別のものとして論じています(研究の定義上も)。たとえば、こんな文章が最近のScientific American(日本の『日経サイエンス』)に載っておりました。大枝さんは英語もお読みになるようですので、ご参考まで。
https://blogs.scientificamerican.com/beautiful-minds/narcissism-and-self-esteem-are-very-different/
2018/06/18 5:47 PM, Keiko oeda wrote:
興味深い資料、ありがとうございます!
セルフエスティームとナルシシズムは、似てところもあるけど、60%数パーセントも違う。
こんな風にパーセントで類似点、非類似点が表されるのなら、自己肯定感とセルフエスティームもできそうですね。
そう言った相関がベン図で示されると、より関係がクリアになって、使うときにも整理しやすいとおもいました。

自分を好きと言える子、というのは、汐見先生の著書のタイトルにもなっています。
たしかにこれだけ聞くと「ナルシシトのすすめ?」と取れないこともないですけれど(^^;)
自分を肯定的に捉えられることで、「頑張れば自分はきっとできる」「頑張ろうと思える」というように、グリットやグロースマインドセットの「基礎」とも言える心性なのだとおもいます。
つまり、「自分が好き」というのはあくまでスタートであって、それだけではただの自己中にもなりかねない。(自分はそれだけで価値がある、という、自己肯定感もそうですよね)
でもその自己肯定感が持ててないと、自信や満足感(自尊感情)が得にくい。そういう関係性だと私は捉えてます。

Add a comment:









 
CALENDAR
NEW ENTRY
ARCHIVES
CATEGORY
COMMENT
PROFILE
MOBILE
LINK
SEARCH
OTHER

(C) 2018 ブログ JUGEM Some Rights Reserved.